「沈黙の春を生きて」坂田監督初日舞台挨拶のご報告

11月26日(土)
長野ロキシーにて坂田雅子監督による初日舞台挨拶が行われました!


『沈黙の春を生きて』がついに公開初日を迎えました。

急に冷え込みが厳しくなってきたにも関わらず、この公開を祝福するかのような快晴の一日となりました。この日は、沢山の方が劇場にお越し下さいました。
各回上映後、坂田雅子監督が舞台挨拶を行いましたので、ご紹介致します。

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本日はご来場頂きありがとうございます。
こんなに大勢の皆さまにおこしいただきまして、本当にありがとうございます。長野県出身の私ですが、現在はこちらにいないのでこの映画を通じて、長野に来れる機会があり、嬉しく思っております。

2003年に、夫のフォトジャーナリストのグレッグが肝臓がんで亡くなりました。その原因は、兵役中にベトナム戦争で浴びた枯葉剤ではないかと疑われました。最愛の夫の死があまりに辛くて、何かをしていないとどうしようもない。すがるような気持ちで思い立ったのが、枯葉剤に関するドキュメンタリー映画を作ることでした。とはいえ、映画制作は未経験だったものですから、仕事を続けつつ、アメリカで映画制作のワークショップに参加し、基礎を学びました。

 

 

 

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そして2004年、枯葉剤の被害者たちに会うためベトナムへ。最初は、重い障がいをもつ彼らの容貌に衝撃を受けました。でも接してみると、みんなかわいくて人懐こい、普通の子どもであることに気付きました。家族も、過酷な運命の中にあって労わり合い、愛情にあふれていました。行く前は、さぞ気が滅入る旅になるだろうと覚悟していましたが、感動で胸が詰まる場面も多く、撮影を通して、徐々に私は癒されていったのです。


枯葉剤の写真集を手がけていたフォトジャーナリストの友人などの協力を得て、2007年、『花はどこへいった』は完成しました。世界各地で話題を呼び、数々の国際的な映画賞を受賞し、今現在も世界で上映されております。政治的意図はなく、個人的な理由で始めた映画制作でしたが、その過程で、社会の多くの問題に目を開かされました。被害者が置かれている過酷な状況を世界に伝えたい、という想いも強くなりました。

 

『花はどこへいった』が出来上がって、私の中では何かひとつの区切りがついたように思い、「これからは何か他の事をしようと」考えたのですが、上映や講演を続けるうちに、再三ベトナムの被害者を訪問する機会がありました。そして、まだ、物語は終わっていないということに気づいたのです。

私は枯葉剤の問題をもっと広い脈絡でとらえる必要を感じました。 自分の身近から出た、等身大の問題だったのですが、それをより歴史的、政治的な視点から捉えることによって、より広範囲の観客に訴える作品を作りたかったのです。

枯葉剤について調べている中で、レイチェル・カーソンの『沈黙の春』が、ケネディー大統領が枯葉剤散布を認めた1961年にほぼ書き上げられていたこと、また大統領が、この本が出版されるやいなや、アメリカでの農薬の使用を危惧し、科学者の委員会を設置したことを知りました。ところが、同時にベトナムでの枯葉剤の散布はどんどん増えていったのです。この符号に私は偶然ではないものを感じ、その理由を突き止めたいと思いました。アメリカでのマーケットを失った農薬製造会社が、アジアでの軍事的使用を思いついたのではないか、と。その証拠は見つかりませんでしたが、調べていくうちに『沈黙の春』と枯葉剤によってもたらされた環境と人間の破壊がまさにレイチェル・カーソンが50年前に予言していたものだと気づきました。

この50年の間に私たちは何を学んだのだろう。50年前の間違いが今このような悲劇を生んでいるということは、今、私たちが気づかずにしていることで50年後の世代に大変な厄災を残すことになることがあるのではないか、ということを訴えたくて『沈黙の春を生きて』という題名にしました。

 

 

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ところが映画の完成を間近にした3月11日、あの大震災がおこり、レイチェル・カーソンの警告は、より厳しい形で、今、ここにある、現実となってしまいました。

今、私たちはかつてない試練の時を迎えています。枯葉剤、ダイオキシン、戦争だけでなく、自然,災害、原発と私たちの周りには問題が山積しています。その中で一人一人がどう生きていくのかが、これまでになく問われていると思います。この映画はその中のほんの一部の物語かもしれません。でもそれはより大きな物語に続いていくものだと思います。本日は本当にありがとうございました。

 

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坂田監督は、2011年に、枯葉剤被害を受けたベトナムの子どもたちのための奨学金基金「希望の種」を立ち上げました。枯葉剤被害者を支援するベトナムの非政府組織(NGO)と協力し、経済的な理由で専門教育を受けられない被害児童に、奨学金を支給しようというものです。「必要なのは経済的援助だけではありません。多くの人たちが子どもたちの苦境を知り、助けたいと手を差し伸べてくれていることを彼らが実感するだけでも、大きな力になるのです。援助できる子どもの数はわずかですが、小さな種もいずれ大木に育つと信じています」。

 

★上映期間中(12月9日まで)、劇場ロビーにも募金箱を設置しております。ぜひとも皆さまのご協力を賜りますようよろしくお願いいたします。